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大統領の一日のスケジュール

大統領令


大統領令とは何か

 現代の大統領制において大統領令は大統領が職務を遂行する重要な手段である。英語では「Executive Orders」。国立公文書記録管理局の定義では以下の通りである。

「大統領令は連続番号が付けられた公的文書であり、それを通じて合衆国大統領は連邦政府の運用を管理する」

 このように定義されているものの、大統領令は合衆国憲法に明確な規定はない。現在のホワイト・ハウスの公式ページを見ると、「大統領決定Presidential Actions」の下に「大統領令Executive Orders」、「大統領覚書Presidential Memoranda」、「布告Proclamations」、「行政管理予算局関連資料Related OMB Material」の四つが置かれている。つまり、大統領令は大統領決定の一部だと考えられる。
 いずにせよ「大統領令Executive Orders」、「大統領覚書Presidential Memoranda」、「布告Proclamations」の三つには明確な区別はない。したがって、すべてをまとめて「大統領決定」と呼ぶのが最適だと考えられる。
 行政管理予算局関連資料を除いてどれが重要かは必ずしも明確ではない。参考になるのは官報で発表される順番である。重要性が高い順に並べられているのはないかと考えられている。

Proclamations
Executive Orders
Presidential Memoranda
Presidential Notices
Presidential Determinations

 ただこの順序も絶対ではない。なぜならホワイト・ハウスの公式ページでは以下のような順序になっているからだ。

Executive Orders
Presidential Memoranda
Proclamations
Related OMB Material

 一般的な説明では、「布告Proclamations」は単に記念日を祝うなど儀式的な意味合いが強いと言われるがそうとは限らない。例えばエイブラハム・リンカーン大統領の有名な「奴隷解放宣言」は「布告95号」である(いわゆる「奴隷解放予備宣言」は「布告93号」)。他にもフランクリン・ルーズベルト大統領が銀行の混乱を沈静化するために発令した「銀行休業令Declaring Bank Holiday」は「布告2039号」である。
 布告2039号の発令は3月6日月曜日午前1時である。つまり、就任後、僅か37時間しか経っていない。しかも前日に特別会期の開催を連邦議会に求める「布告2038号」を先に出している。フランクリン・ルーズベルト大統領が最初の大統領令を発令したのは3月8日であるが、布告という手段で既に行動していた。
 またドナルド・トランプ大統領のTPP離脱は正確には大統領令によるものではなく、大統領覚書によるものである。大統領令と大統領覚書は何が違うのか。官報事務局の職員によれば、「ある政権で大統領覚書で発表されることが、別の政権では大統領令として発表されるかもしれない」という。ただ大統領令には番号が振られるが、覚書は番号が振られない。また大統領令は、機密事項を除いて必ず官報で公表しなければならないと法律で決まっている。その一方で覚書にはそのような決まりはない。

大統領令の特徴

 大統領令は合衆国憲法や連邦法に従わなければならないが議会の承認を必要としない。大統領令の対象は行政府に属する省庁や官吏である。憲法や法律のように一般性はない。ただその内容は非常に多岐にわたる。省庁内の管理規定、省庁の方針、軍事行動の指示、新しい政策の決定、天然資源の保護、鳥獣保護区の設定、ネイティブ・アメリカンの居留地、灯台の設置、良心的徴兵忌避者の恩赦、職務に忠実ではない職員の罷免、軍隊の海外派遣、他国に対する経済制裁、緊急事態の宣言などあらゆる行政的な命令が含まれる。
 大統領令は恒久的な措置ではない。本質的には執行命令である。例えばトランプ大統領が発令した入国管理強化だが、なぜすぐに実行できるのか。それは出入国を管理する連邦職員に直接、命令を下せるからだ。会社で言うと上司が部下に下す命令のようなものである。当然ながら上司は、法律に反するような命令を部下に下すことはできず、会社外の人に命令することもできない。本来であれば大統領も行政府や軍隊に所属しない人間には命令できない。
 憲法に明確な規定がなかったために大統領令は徐々に発展して現在の形式になっている。大統領令は時代を経るにつれて数が増しているだけではなく、その内容の重要性も高まっている。これはアメリカ政治の中心が議会中心から大統領中心に移ってきた歴史を反映している。
 本来であれば大統領は自らの政策を実行するために議会に立法化を働き掛けなければならない。しかし、大統領は大統領令を利用して議会の反対を巧妙にすり抜けることも可能である。過去にはそのような先例が多く見られる。
 代表的な例は、連邦議会が積極的差別是正措置を推進しなかった時、リンドン・ジョンソン大統領は連邦事業において少数派を雇用する指針を大統領令で導入している。つまり、大統領主導で積極的差別是正措置を実質的に推進したと言える。他にもリチャード・ニクソン大統領は、連邦議会が行政府再編の立法化を拒絶したために大統領令で行政府再編を行っている。
 もちろんこうした大統領令の利用は問題視されている。なぜなら大統領令は憲法や連邦法を執行するために存在するからだ。しかし、明確な連邦法の規定に基づかない大統領令もある。そのような大統領令でも議会によって黙認されるのが通例である。過去に連邦最高裁は、たとえ明確な法的根拠がない大統領令でも議会がずっと黙認してきた場合、有効と認められるという判決を下している。
 また連邦議会は大統領が緊急時に下した決定を事後承諾することがほとんどである。そもそも憲法の規定によって大統領に与えられている行政権は非常に幅が広く、外交交渉や軍隊の指揮など特定の分野ではかなりの自由裁量が容認されるのが通例である。
 もちろん連邦議会が大統領令を覆す法律を制定すれば、大統領はそれに従わなければならない。しかし、大統領は議会の法律に対して拒否権を持つ。したがって、たとえ議会が大統領令を覆す法律を制定しても大統領に拒否権を行使され、再可決に失敗すれば大統領を掣肘できない。

大統領令は万能ではない

 大統領は大統領令で何でもできるわけではない。例えばクリントン大統領は軍隊内で同性愛を認める大統領令を発令しようとしたが、議会や世論の強硬な反対に遭って断念せざるを得なかった。結局、クリントンは実質的に同性愛者の入隊を黙認するという妥協で手を打った。
 また2001年にブッシュ大統領が特定の個人や団体をテロリストとして大統領令で認定しようとした際、裁判所は大統領の自由裁量権を否定している。
関連記事  トランプの大統領令を連邦判事が否定
 他にも大統領令は問題を引き起こすことがある。例えばリンカーンは1861年7月2日に発令した大統領令で人身保護令状の差し止めを軍に命じている。緊急時の措置とはいえ、この大統領令は明らかに憲法違反である。なぜなら人身保護令状の差し止めができるのは連邦議会だけだと憲法で規定されているからである。
 またフランクリン・ルーズベルトも物議を醸す大統領令を発令している。1942年2月19日発令の大統領令9066号である。大統領令9066号によって約10万人以上の日系人が強制収容所に収監された。対象となった日系人は何の罪も犯していない人々であった。それにもかかわらず大統領令は「軍事的必要性」から正当化された。彼らはアメリカの安全保障上のリスクになるどころか、軍に自ら志願した者さえいた。
 なぜルーズベルトはこのような大統領令を発令したのか。真珠湾攻撃以後、西海岸では日系人を危険視する風潮が広まっていた。西海岸の政治家達はそうした風潮に過敏に反応した。
 西海岸の政治家達から要請を受けたルーズベルトは上述のような大統領令を発令した。閣僚の中には反対する者もいたが、さまざまな問題に忙殺されていたルーズベルト政権は敢えて西海岸の政治家達を怒らせるようなことをしたくなかった。その結果、日系人が犠牲になった。
 日系人の一人であるフレッド・コレマツは日本人の血を引くがアメリカ生まれであった。強制収容所に移ることを拒否したコレマツは逮捕された。逮捕が正当か否かをめぐって裁判になった。
 裁判所は、特定の人種集団から市民的自由を奪うことに対して疑念を示しながらもルーズベルト政権が訴える「軍事的必要性」を認めた。

「多数の市民を集団的に家から強制的に追放することは、緊急事態や危機の際を除いて、我々の政府の基本原理に反する。しかし、近代戦において国土が危険にさらされている場合、喫緊の危機に備えて防衛力を整備しなければならない」

 判決は全会一致ではなかった。もちろん反対意見を唱える判事もいた。

「司法判断が強制収容令を合憲だと認めて正当化したり、憲法が強制収容令を容認して正当化したりすれば、あらゆる場合に裁判所は、刑事過程における人種差別の原理やアメリカ市民の強制移住させる原理を認めなければならなくなる。そのような原理を放置することは、緊急の必要性というもっともらしい口実を構える当局にいつでも使える武器を与えるようなものだ」

 結局、戦時中は強制収容令は撤回されなかったが、1948年に連邦議会は3,700万ドルの賠償金の拠出を認めた。さらにその40年後にも連邦議会は強制収容を受けた者にそれぞれ2万ドルの賠償金を支払う決定を下した。そして、1998年、クリントン大統領はフレッド・コレマツに最高の栄誉である大統領自由勲章を授与してその労苦に報いた。
 日系人の強制収容は、大統領が国家安全保障のためにどれだけ自由裁量権を持つべきかという問題を突き付けた。立法府や司法府はどのように大統領権限の行き過ぎを掣肘できるのか。その問題は未だに解決されていない。

大統領令の数と頻度

 トランプ大統領は矢継ぎ早に大統領令を発令しているように見える。現時点で本当に発令数は多いのか。
 連続番号が振られるようになったのは1907年のことである。番号の他にアルファベットが使用されているのは、後の調査によって新たに確認されたものがあるからである。番号を重複させずに済むようにアルファベットで区別している。
 古い記録は不明な点が多く、数え方によって若干、数字が違うこともある。また現在まで続く連続番号以外の番号が独自に付けられている場合もある。したがって、大統領令の総数ははっきりしていない。研究者の中でも見解が分かれていて、1万5,000という見積もりもあれば、5万という見積もりもある。国立公文書記録管理局が公表しているデータを参考にすると、概ね次の表の通りである。

  総数 年平均 
ワシントン 8 1.00
J.アダムズ 1 0.25
ジェファソン 4 0.50
マディソン 1 0.13
モンロー 1 0.13
J.Q.アダムズ 4 1.00
ジャクソン 11 1.38
バン・ビューレン 10 2.50
W.ハリソン 0 0
タイラー 17 4.25 
ポーク 19 4.75
テイラー 4 3.20
フィルモア 13 4.73
ピアース 35 8.75
ブキャナン 15 3.75
リンカーン 48 12.00
A.ジョンソン 79 19.75
グラント 223 27.88
ヘイズ 92 23.00
ガーフィールド 9 18.00
アーサー 100 30.77
クリーブランド 113 28.25
B.ハリソン 135 33.75
クリーブランド 142 35.50
マッキンリー 178 37.47
T.ルーズベルト 1,139  157.10
タフト 752 188.00
ウィルソン 1,841 230.13
ハーディング 487 187.31
クーリッジ 1,259 233.15
フーバー 1,011 252.75
F.ルーズベルト 3,728 302.35
トルーマン 896 116.82
アイゼンハワー 486 60.75
ケネディ 214 73.29
L.ジョンソン 324 63.78
ニクソン 346 61.79
フォード 169 70.42
カーター 320 80.00
レーガン 381 51.13
G.H.W.ブッシュ 166 41.50
クリントン 364 45.50
G.W.ブッシュ 291 36.38
オバマ 276 34.50
平均 739.50 75.83
トランプ    

 表を見ると分かるように、平均で739.5回の発令、年平均で75.83回となっている。つまり、大統領は4、5日に1回、大統領令を発令していることになる。
 これまで最も多くの大統領令を発令しているのはフランクリン・ルーズベルト大統領だが、頻度も最も高い。就任一年目の1933年が最も多く、大統領令6071号から6545号まで573を数える。1日に1.57回発令したことになる。

トランプ大統領の大統領令

 歴代政権で番号を引き継ぐのでトランプ大統領が発令する大統領令は13765号以降となる。官報事務局の正式記録では、これまでは以下の通りになる。現段階で頻度は多いとは言えない。

2017年1月20日 大統領令13765号 オバマ・ケア撤廃
2017年1月24日 大統領令13766号 インフラ整備
2017年1月25日 大統領令13767号 国内不法移民の取り締まり強化
2017年1月25日 大統領令13768号 入国管理強化
2017年1月27日 大統領令13769号 入国禁止令
2017年1月28日 大統領令13770号 Ethics Commitments by Executive Branch Appointees
2017年1月30日 大統領令13771号 Reducing Regulation and Controlling Regulatory Costs

 理解しやすいように「オバマ・ケア撤廃」という名前を冠しているが、大統領令で連邦法を覆すことはできない。通常、大統領令で撤回したり、修正できたりするのは他の大統領令だけである。文面を見ると分かるように、オバマ・ケアを「早急に撤廃することが我が政権の政策である」と述べているだけである。
 トランプは前政権の政策を覆していることになるが、バラク・オバマ大統領も政権開始当初に同様のことを行っている。以下は政権開始当初の発令記録である。

2009年1月21日 大統領令13489号
2009年1月21日 大統領令13490号
2009年1月22日 大統領令13491号
2009年1月22日 大統領令13492号 グアンタナモ基地の収監の見直し
2009年1月22日 大統領令13493号
2009年1月30日 大統領令13494号
2009年1月30日 大統領令13495号
2009年1月30日 大統領令13496号
2009年1月30日 大統領令13497号

 グアンタナモ基地の収監の見直しは前ジョージ・W・ブッシュ政権の方針の抜本的な見直しである。
 前政権の方針を撤回することは珍しいことではない。例えばビル・クリントン大統領は、前ジョージ・H・W・ブッシュ政権の人工妊娠中絶に関する方針を撤回した。すなわち前ジョージ・H・W・ブッシュ政権は、連邦から財政支援を受けているクリニックが人工妊娠中絶に関する相談を受けることを禁じていた。クリントンはそれを撤回した。
 つまり、トランプがオバマの方針を撤回しているのは異常なことではない。ただ8年前のオバマ政権開始と比べるとトランプの大統領令は頻度は特に変わらないが、重要な内容のものが多いと言える。

大統領令の発令過程

起草

 ホワイト・ハウスのスタッフ、もしくは各省庁の官僚が行政執行の必要性から起草する。大統領令は法令に基づいて定まった形式で書かなければならない。したがって、起草には高度な専門知識が必要である。発令の目的や背景を説明しなければならず、現行法規との関連について述べなければならない。
 当然ながら大統領は法的な専門知識を持っているとは限らない。したがって、現代では大統領自らすべてを起草することはない。ただ大統領の意思は反映される。例えば特定の国に対して貿易上の制裁を課すと判断すれば、その判断に基づいて大統領令が起草される。

行政管理予算局

 起草された大統領令は複写され、行政管理予算局に送られる。行政管理予算局は、連邦予算編成や財政計画作成を補佐する大統領直属の行政機関である。行政管理予算局では大統領令の内容が政権全体の方針に適合しているか厳密にチェックが行われる。

司法省

 行政管理予算局のチェックを受けた後、大統領令は司法長官に送られる。司法省で大統領令に法的な問題がないか確認される。

国立公文書記録管理局

 国立公文書記録管理局で誤字脱字や文体のチェックが行われる。その後、大統領が署名を行う。官報事務局が公式に大統領令を発表した時に効力を持つ。

 ただいつもこうした発令過程を辿るわけではない。緊急時は途中の過程が省略されてすぐに大統領の署名を求める場合もある。また大統領令の内容が安全保障上の機密に関わる場合、内容は公表されず番号のみが官報に記録される。