核のフットボール
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「大統領の緊急事態用鞄」、通称、「核のフットボール」という黒い鞄を持った副官が常に大統領に随行している。副官は大統領と一緒にエレベーターに乗ったり、ヘリコプターに同乗したりする。ただいつもすぐ傍とは限らない。室内であればすぐ近くの部屋、車列の場合は別の車両などに控えている。その黒い鞄の中にはいったい何が入っているのか。
核のフットボール
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外面は黒い皮で覆われているが、中にはチタン製のケースが入っている。重さは45ポンド(約20.4kg)。核のフットボールは全部で三つある。大統領用に一つ、副大統領用に一つ、そして、ホワイト・ハウスに一つが安置されている。
実際に核のフットボールの中がどうなっているかは極秘事項で正確に窺い知ることはできない。ただ核のフットボールの中には漫画にあるような発射ボタンが入っているわけではない。レーガン政権で副官を務めたヒュー・シェルトンはその中身を次のように回想している。
「常に大統領は、『フットボール』という黒皮カバーの重さ40ポンド[約18.1s]のチタン製ブリーフケースとともにある。そこに核報復のオプションと小さなラミネート加工された大統領認証コードのカードが収められている」
次のようなものが収められていると言われている。さまざまな証言があり、また時代によって異なるようで現在の詳細は不明である。
1、その色から「黒本」と呼ばれる「統合戦略計画(SIOP)」
※アメリカが核ミサイル攻撃を受けた時にどのように大統領や閣僚が行動すべきか黒字と赤字で印刷された75ページのマニュアル。大きな選択肢は三つで「大規模攻撃オプション(Major
Attack Options=MAOs)」、「選択攻撃オプション(Selected Attack Options=SAOs)」、「限定攻撃オプション(Limited
Attack Options=LAOs)」である。
2、緊急時に大統領が向かうべき安全な場所を指定した小冊子。対象地は全米各地で核攻撃に備えられる場所。
3、緊急広報システムの使用マニュアル
※10ページ程度の文書でマニラ・フォルダーに収納されている。
4、傍受対策機能付き衛星通信機
5、コード・オーゼンティケーター (code authenticators)
※おそらく本人認証コードを確認するための機器か何かだと考えられる。
この核のフットボールに加えて大統領の本人認証コード(「ビスケット」と呼ばれ基本的には大統領が肌身離さず所持)が揃って核ミサイルを発射できる。
核のフットボールの名前の由来はその形状ではない。見ての通り実際のフットボールとは似ても似つかない形状である。
国防長官のロバート・マクナマラによれば、もともと核ミサイル発射のシステムを構築する際に「ドロップキック(ラグビー、サッカー、アメフトなどで使う言葉)」という暗号を使っていた。ドロップキックを行うには、すなわち、核ミサイルを発射するにはフットボールが必要である。そうしたことから「核のフットボール」という通称が使われるようになったという。
参考:核のフットボールを運ぶ副官「ヤンキー・ホワイト」
核のフットボールは誰でも運べるわけではない。「ヤンキー・ホワイト」と呼ばれる5人の副官が交代で責任を負う。ヤンキー・ホワイトには厳格な身元調査が行われる。アメリカ国籍であるのはもちろん、国家に忠誠を誓い、外国のいかなる影響も受けていない人物でなければならない。家族や友人まで身元調査が行われる。例えば配偶者が外国人である場合はヤンキー・ホワイトにまずなれない。 |
核のフットボール運搬の様子
(右下にある設定で字幕が出せる)
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実際に核兵器が発射される場合の過程は次のように想定されている。
1、衛星やレーダー網からなる北アメリカ大陸防空システムがアメリカへの核ミサイル攻撃を探知する。
2、攻撃の真偽を判断。
3、攻撃が本物であれば大統領に通告される。
4、統合戦略計画に従って大統領は閣僚と核ミサイルの使用の是非を検討する。場合によってはその他の専門家の意見も求める。そうした会議は、ホワイト・ハウスに大統領がいる場合は、地下にある情報伝達室(Situation
Room)で行われ、旅行中であれば盗聴防止機能付き電話回線で行われる。最終決定権は大統領にある。なぜなら憲法の規定上、アメリカ軍の最高司令官は大統領だからである。たとえ全員が反対に回ろうとも大統領が発射を決断すれば核ミサイル発射は実行される。
5、核ミサイルの使用が決定されれば、大統領は傍受対策機能付き衛星通信機で国防総省の国家軍事指揮センターの担当者に連絡する。担当者は大統領に対してチャレンジコードを読み上げる。
6、大統領は常時携帯している「ビスケット」という本人認証カードをもとにチャレンジコードに対応するコードを返答する。それが大統領の本人認証となる。本人認証カードの大きさは縦3インチ(7.6cm)×横5インチ(12.7cm)である。
7、本人認証が終わった後、核ミサイルの発射命令が準備される。発射時間、認証コード、発射プロテクト解除コードなどが150文字程度に暗号化され、潜水艦や核ミサイル基地に発射命令が伝達される。
8A、潜水艦の場合、艦長と先任将校、その他2人の合計4人で、国家安全保障局の極秘認証システム・コードを隠し場所から取り出して、送られてきた発射命令と照合する。照合後、ミサイルが発射される。
8B、核ミサイル基地の発射クルーは2人×5編成=10人で構成されている。それぞれの編成は分散した場所にいて、それぞれ発射命令を受け取る。国家安全保障局の極秘認証システム・コードを隠し場所から取り出して、送られてきた発射命令と照合する。照合後、クルーは発射命令をコンピューターに打ち込み、平時に設定されている攻撃目標から指定された攻撃目標に変更する。さらに発射命令に従って、隠し場所から取り出したコードを最終発射コードに変える。発射時刻になると5編成がそれぞれミサイルの最終発射コードを入力する。5編成の中で2編成が最終発射コードを入力すれば、他の3編成が入力しなくてもミサイルは発射される。
大統領の決断から核ミサイル発射まで、大陸間弾道ミサイルであれば最速5分、潜水艦からの発射であれば最短15分で行われるという。核のフットボールに関わったある者によれば、こうした核ミサイル発射の過程は、「デニーズの朝食メニューのAセットから一つ、Bセットから二つ注文する」ように簡単だという。
冷戦時代にアメリカで核ミサイルの配備が進んだのは、ソ連からの核ミサイル攻撃を抑止するためだった。つまり、核ミサイル発射は報復攻撃のために行うことが原則であった。もしアメリカに向かって核ミサイルが発射された場合、早ければ一時間以内に核ミサイルが本土に到達するという可能性もある。いちいち議会を召集し、報復の是非を論議している時間はない。そのため大統領がアメリカ軍の最高司令官として核ミサイルによって報復攻撃を行う決定を下す権限を一人で握っている。
ただ大統領が何の危機もないのに独断でいきなり核ミサイルを発射することは難しい。なぜなら正式な宣戦布告の権限は議会にあるからである。例えば朝鮮戦争の際に、ハリー・トルーマン大統領は核使用を仄めかしたが、朝鮮戦争が正式な宣戦布告を経ていない戦争(トルーマン自身の言い方では「警察行動」)であったために核は絶対に使えなかったはずだ。
核のフットボールがいつから存在するのかは不明である。少なくとも1962年のキューバ危機の後にはその存在が確認されている。ジョン・ケネディ大統領は、キューバがソ連と事前に相談することなく核ミサイルを突然、発射した場合に備えて核のフットボールの本格的な運用を決定したという。
問題は、緊急事態にどのようにして大統領の核ミサイル発射命令を間違いなく伝えるかであった。そうした問題を解決するために、核のフットボールを中心にしたミサイル発射のシステムが構築されて現在に至る。
核のフットボールにも問題がある。大統領が何らかの事情で核のフットボールが使えなくなった場合はどうするのか。
最初に想定される事態は、大統領が敵の先制攻撃によって死亡した場合である。その場合は、大統領職の継承者が代わりに核ミサイル発射命令を発令する。大統領の死亡によってまず職務を継承するのは、通常、副大統領である。副大統領が駄目なら下院議長、それでも駄目なら上院議長代行(議長は副大統領が兼務)と継承順位が定められている。
実は「ビスケット」、すなわち本人認証カードがしばらく行方不明になったことがある。本人認証カードがなければ、核ミサイル発射命令を下しているのが大統領本人かどうか確認できない
1981年3月30日午後2時25分頃、ワシントン・ヒルトン・ホテルでロナルド・レーガン大統領の暗殺未遂暗殺事件が起きた。レーガンはリムジンで1マイル(1.6km)先にあるジョージ・ワシントン大学病院に搬送された。しかし、核のフットボールを携行する副官が置き去りにされてしまった。副官はすぐに別の車で病院に急行した。
国家安全保障問題担当大統領補佐官のリチャード・アレンは、核のフットボールを病院からホワイト・ハウスの情報伝達室に移送した。そして、そこで核のフットボールは厳重に管理された。
その一方でビスケットは銃撃が起きた時にレーガンの服の胸ポケットに入っていた。病院で医療スタッフは、処置を行うために大統領の着衣を外科用鋏で素早く切断した。切断された服はそのまま床に放置された。
シークレット・サービスは服の断片を集めてビニール袋に入れた。そこへFBIの捜査官が現れて、ビニール袋を証拠品として押収した。FBIの捜査官は断片の中から厚手の封筒の回収して上司のもとに持って行った。その封筒の中にビスケットが入っていた。
上司はそれを金庫に入れて保管した。その結果、ビスケットは金庫で一夜を過ごすことになった。上司は本人認証カードの重要性について理解したうえで、明確な権限を持つ者に引き渡そうと慎重に行動した。
本人認証カードが行方不明になったのはレーガンの他にも例がある。核のフットボールのシステムが新しく変更された時、クリントンは副官から説明を受けた。古いビスケットは返さなければならない。すると驚くべきことにクリントンは、「実は私は自分で持っていない。何とか探せば見つかるかな」と告白した。 クリントンはクレジット・カードにビスケットをゴム紐で結び付けて財布に入れていた。これまでにもゴルフに出掛けた時にホワイト・ハウスに置き忘れたことがあった。
その後、ホワイト・ハウスでビスケットの捜索が始まった。スタッフは大統領の衣服や家具に至るまで徹底的に探した。クリントンはお手上げという感じで「私には見つけられないよ。どこにあるかわからないんだ」と嘆いた。結局、ビスケットは見つからなかった。そういう場合は、ただちにコードが更新される。
もちろんビスケットは国防総省の担当官によって定期的に点検を受けるが、どうやらクリントンは政務を理由に点検を受けずにごまかしていたらしい。その後、担当官は大統領が政務で忙しくてもビスケットを確認するまで待機するようにルールが変更された。 |
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